rapidlymage

行ってみたりして

久しぶりにディズニーシーに行ってみました。

しかしまぁ、平日で雨が降っていたにも関わらず結構な人出で、学生っていいなぁと改めて思ったりして。ランドと比べて元々数も少ないようなので、アトラクションは殆ど楽しめました。ですので人出と言っても休日と比べれば少なかったのでしょう。



折角なのでパシャパシャと撮った写真を眺めていて「あら」と思ったのが、下の写真です。

ふーん、なんだがちょっと遊園地で撮った写真らしく無い雰囲気じゃないですか?

ディズニーシーは世界観がしっかりしていて、各エリアに入ると他のエリアの風景が目に入らない構成になっているので、非常にその世界に入り込みやすいのですが、それぞれの世界観を構成する要素であるマテリアルの造り込みはなかなかの物です。まぁ大きいジオラマなんですね。

その中でもちょこちょこっとした、あまり目の行かない天井とか、壁とか、を構成するマテリアルがちょっと面白かったんです。抽象的なんだけど、雰囲気があるというか、逆にその世界観にマッチしているかどうかは別として、綺麗だったり、格好良いパターンだったりと。下手なクラブよりそちら系だったりして。






ローマの小道にて

JUGEMはアクセス解析を提供していて、このblogに訪れた方が何の検索からいらっしゃったか分かるんですが、このblogへの検索ヒットNo.1は「江ノ島の歴史」です。シラス丼美味しかったぐらいしか書いてないのですが。



さて、写真はローマは街外れ、裏路地沿いあった印刷所の入り口です。可愛らしかったので写真を撮って、中をのぞいていたらおじさんが手招きして中に入れてくれました。年代ものの印刷機とインクのにおいが何だかとっても印象に残ってます。

商店街やお店を飾るポップ(販促物)を派手に派手にするのもいいですけど、ちょっとしたポイントだけでも妙に引っかかる事もあるものです。




「叫び」盗まれる

ムンクの「叫び」が盗まれてしまいましたね。

ムンク美術館には警報装置とか無かったとの事。。。。だめじゃんか。

盗む人あれば買う人ありって事でしょうから闇から闇へ消えていってしまうのでしょうか、「叫び」はシリーズの筈なので全てでは無いでしょうが、戻ってくる事を願います。

流行について考えてみました。

”はやる”とか”はやらない”とか、創り手にとって見ればそれが商業プロダクトであるならば尚更、事前に分かるに超したことは無いでしょう。が、そうは問屋がおろさない。そこでマーケティングの登場です。何処の誰が、何を欲しているのか?どの層がどのような嗜好を持っているのか?それが分かれば、それにマッチしたプロダクトを投入できる、そしてそれは”はやる”と。が、そんな簡単にはいきません。



人の趣味嗜好は非常に流動的だし、世のありとあらゆる物から簡単に影響を受けてしまう。つい1ヶ月前まで「変なの」と思っていた物がいつの間にか「流行の最先端」に見えてきます。人が人に影響を与え相乗効果で加速度的に広がっていく現象が”はやっている”状態を生み出しているはずです。

最近よく耳にするのは「クチコミ効果」これはまさにマス広告の対局にあり、「人が人に影響を与える」を地で行くものだと思います。まぁみんなすぐに営業手法にしちゃうからな。。。そしてすぐ廃れると思いますが。

とにかくアイドルや俳優が「これって良いよね!」的に影響を与えるより、身近にいる親しい人から「これって良いよ」と言われた方が乗りやすいって事なんだと思います。



一方、実質的な機能を求める時、それはある意味で”はやり”とは無縁の判断基準が働きます。良い物は良い、これにつきる部分では”はやっている”状態かどうかは選択基準にならないものです。またそれは対比する対象が存在する状態でもあると言えます。AよりもBの方がこの点で良い、コストパフォーマンスに優れているといった話で選択されて行きます。



そしてアートやデザインという切り口で考える時、流行は非常に大切なキーワードになります。その時代にマッチした表現が良いとされ、そうでない表現が悪いとされるからです。いかに高機能であってもデザインが悪かった為に売れない(=”はやらない”)まま消えていったプロダクトは数知れず、その逆もしかりです。低機能なのにデザインで売れる。だからこそ今の商業デザインにはマーケティングが不可欠とされているのです。ただ、マーケティングによるデザイントーンの選定は「ある程度確実にはやる(=売れる)」は想定できても、それが限度です、それ以上は分かりません。あくまでリスクヘッジでしか無いように思えます。



ここまで書いていて結局の所、創り手が広範囲にアンテナを張り、それでも最後は「賭け」るしか無いような感じではありましたが、一つだけ確実に流行を生み出している商業プロダクトがある事に気づきました。それはファッションです。

ファッションの流行はその殆どが作られている状況と言って良いでしょう。世界の名だたるブランドが毎年各地で催すコレクション(パリコレとかそういうの)、各国のバイヤーやアパレルメーカーはそのコレクションでブランドの次期傾向を知り、それに合わせる形で自国の展開を決定します。そして作られたデザインが情報として「今年の春はこの色できまり」とか「今年の秋の流行はこのスタイルです」とかいってばら撒かれているのです。

で、世界の名だたるブランドってそんなに多くは無いですから、そのブランドのデザイナー(ディレクター)の数も一握り。という事は、少なくともファッションに於ける多くの”はやり”は彼らによって毎年毎年作られているという事になります。ティーンエイジ向けのブランドはコレクションには出たりしませんが、それでもやっぱりブランドのセカンドラインは確実に影響されてますし、その色使いや方向性に関しては良い意味でも悪い意味でも影響されていないとは言えないでしょう。

なんだか凄い話ではありますが。



”はやる”をつくるのはとても難しいようでいて、つくっている人もいるという事実。

んー、まとめられません。

laputa

ある時期以降、入道雲=ラピュタというメージが頭から離れません。宮崎駿監督作品「天空の城ラピュタ」に完全にやられているという事ですが、夏、青い空、くっきりと入道雲=「あぁ、ラピュタだ。」という分かりやすい連想が常に頭の中で回ります。



そもそもラピュタ「Laputa」はジョナサン・スウィフトによる「ガリバー旅行記」の第三編に登場する空飛ぶ島の名前である事は有名ですが、イギリス文学の中では最も親しまれているこの物語は、児童文学としての冒険活劇的な物語よりも風刺に満ちたブラックヒューモアな物語の側面が本来の姿といえるでしょう。ラピュタは当時のイングランドを示し、地上はアイルランド。イングランドによるアイルランド支配を風刺したものと言われているそうです。



文学的は話はこれ以上、にっちもさっちもいきませんが、「天空の城ラピュタ」に登場するラピュタのイメージは本家のガリバー旅行記を凌駕しているように見えます。少なくともネット上の検索では圧倒的ですね。

宮崎駿監督の描いたラピュタのモデルについては諸説紛々あるようですが、特に明言されていないようです。説としてでているのは、「フランスのモンサンミッシェル島」、マグリットの「ピレネーの城」、ブリューゲルの「バベルの塔」辺りです。

個人的にはバベルの塔が一番近いかなと。 人間の神に対する冒涜的な意味合いや雷等のキーワードが重なるあたりが。





という事で、本日のラピュタ。




フォトリアル

JUGEM、今日は動いてますねー。良かった良かった。



CGとかCGIとか3DCGとか呼び方は色々ありますが、技術的にもクリエイターの方々もここ数年ぐっと成熟してきましたね。静止画レベルではまぁ実写かどうか分からないモノを造る事も可能ですし(そもそも実写も相当加工してから見せられてる事を考えれば既に実写であって実写で無いようなものですが)、動画に関してもちょっと動きが速かったりすると「見極める」気持ちで見なければ気づかない事もしばしばあります。



成熟してきた事で映画等のCGの使い方も中途半端なモノは少なくなりましたね。あくまで実写との共存をベースにフォトリアルに特化するか、そう出なければCGで無ければできないCG表現としての”味”に特化するか。何にせよ、見てる方が興ざめするような、もしくは「CGである事」を有り難がるフェーズから抜けた事は大変よろしいかと。



取りあえず、僕がちょくちょく使う機会があるshadeでフォトリアルな作品を造られている方が結構いらっしゃるので、触発されてます。単色だと僕でもそこそこな感じまでは行けるかも。ってもツールの性能か。




icon

以前、信号の写真を載せましたが、今度は歩行者用信号です。確かマルセイユの路上で撮ったもの。

なんか、手をポケットに突っ込んでますね、アイコンにもお国柄が出るものです。

日本の歩行者用信号は、帽子をかぶった直立不動の姿勢ですね、真面目な感じ。

そういえば非常口のデザインは多摩美の教授を中心としたチームが作成し、日本のデザインがISOで指定を受け国際標準規格になっていますが、歩行者用信号のデザインにも規格はあるのかな?






 

2012年5月
« 3月    
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031  

ARCHIVE

CATEGORY

ABOUT