Favorite Books1

本、比較的よく読みます。漫画も好きですが。

最近はもっぱら通勤途中や昼食の時間に少しずつ読んでいますが昔は寝食忘れて一日中読みつづける事もありました。まぁ集中力と体力の低下が否めない所でしょうか。



基本的には昔からエッセイ物が好きです。フィクションとは違った著者のリアルな考え方や情景を知る事が単純に楽しいと思います。それ故に感性が合わないと感じた著者の本とはそれ以降縁遠くなってしまうのも事実ですが。



そんな中でも林望さんのエッセイは殆ど全て読んでいると思います。きっと出会いのタイミングがとても良かったからだと思っています。まだ学生の頃、ちょうど春休みを利用してイギリスへ長期旅行に行きました。初めての海外旅行だったのですが、今思えば無謀にも一人&バックパッカーで、行き先、宿ともに何も決めずにえいやっと行ってしまいました。その行きすがらの機上で読んだのが『イギリスは愉快だ』でした。著者のイギリスに対する温かな想いと様々の事柄への深い洞察、何より異文化の中での生活をポジティブに楽しもうとする思考にいたく感銘した覚えがあります。綺麗な田園風景とビートルズ生誕の地だという事だけで決めたイギリスにそれまで以上の期待を膨らましたのもこのエッセイを読んだからだと思います。



著者は様々な肩書きを持つ方なので、著書についてもエッセイのみならず多方面での展開をしています。中でも元々の生業である書誌学については、その学問自体僕は知らなかったのですが、普段の生活の中では既に知る機会も好くない日本文化の事柄にや書誌を通した生々しくも活発な日本人の感性を知る事が出来、読み物として面白いと思います。ただ古語(和語?)は僕には少し読みづらいです、正直。



また『イギリスは愉快だ』でも断片的に語られる著者のイギリスでのステイ先の宿主であるルーシー・M・ボストンは著名な児童書の作家でもあり、本を通して知る彼女の人柄に興味を覚え、代表作である『グリーン・ノウ物語』シリーズも全巻読みました。この本はファンタジーなのですが、同じ女流作家で同じジャンルでの大ヒットである「ハリー・ポッター」シリーズと比べて(こちらも好きで読んでいます)、いや比べる事は間違っていると思うのですが、人の本質に触れる、素敵な幼少の想い出を蘇らせるような秀作でした。児童書なのですが大人が読む事で違った楽しみ方の出来る物語です。



そういえば、学生の頃にやっていた作品掲載のサイトからのリンクを林望さんのサイトに張るためにお伺いを立てたら、わざわざ僕のサイトをご覧頂き、作品の感想を頂いたのも素敵な想い出です。



・infoseek Rymbow Live!

リンボウアカデミー



Amazon:『イギリスは愉快だ』

Amazon:『グリーン・ノウ物語』シリーズ

等々力渓谷

昨日は天気も良くお散歩日和だったので、ちょっと足を伸ばして等々力渓谷まで行って来ました。駅だと東急大井町線の等々力駅ですが、自宅前を通っている東急バスでも行けるので、駅まで歩かずバスで行きました(散歩しに行く途中を不精してたら意味ないんでけど)。

東急バスは携帯向け時刻検索サイトがとても使いやすいので便利です。

さて、等々力渓谷、渋谷からも30分かからない距離(位置的には二子玉川より手前です)にあるにも関わらず都心では珍しく緑溢れる美しい渓谷で約1kmの散歩が楽しめます。

等々力駅側から歩き始めて川を下っていき、最後はちょっと住宅街を抜けますがそのまま多摩川に出る事が出来ます。

昨日は等々力駅〓等々力渓谷〓多摩川〓二子玉川駅でお茶。という流れで約3時間のお散歩コースでした。

ちょっと風が強かったけれど、夏になるまでのこれからの時期はとても気持ち良いと思います。渓谷沿いにあるお茶屋さんの甘味が気になります。次回是非。




Atomium

1958年ブリュッセル万博のシンボルタワー。中はタワーの建設風景や万博での展示などを見ることのでき、最上部は展望台になっています。ベルギーの首都ブリュッセルの観光スポットしては有名ですね、日本でいう所の太陽の塔でしょうか。

このタワー、名前の通り原子の構成をデザインにしたとの事で、見たまんま、科学の授業で使う模型を大きくした形です。観光案内にはブリュッセルの街を一望できると書いてありますが、実際は繁華街からはかなり離れているので遠めに街が見えるという感じでした。

しかしこのAtomium、形がひどくシンプル(デザインモチーフが)にも関わらずとても大きいので、実際にみると違和感を感じます。僕らは日常的に大型の建造物は普通の感覚で理解できるサイズの物の集合体として大きな物での認識をしています。高層ビルでも一つ一つの窓ガラスは通常のものですから。しかしAtomiumは小さな物を(その本来の大きさで言えば肉眼で捉えられない程小さな物です)極端に大きくしているので、何か変なんです。

イラストレーターの秋山孝さんの作品は小さなクロッキーをコピーで拡大したものを着彩していると聞いたことがありますが、、、、あまり関係ありませんね。

Atomium、実物を一度見る事をお勧めします。



http://www.atomium.be




Apple Motion

僕が個人的に制作する表現物にはこれと言ってジャンルがある訳ではありませんが、何となくグラフィックと映像が多いようです。

それぞれの制作工程や目的自体にはこれまた特に決め事もないので、その時々の気分や思いつきを形にする事ばかりなので、結果的には散漫で適当な塊になりがちです。趣味の範囲で、と思いつつも一方では誰かに見せたいという欲求が表現物への根本にありますので、はたと振り返ると自分の作品としての傾向の無さには困ってしまう事もあり。



そんな話は置いておいて、それら散漫な制作物を作るのにPCは手放せない重要なツールです。やり直しの簡便性や制作過程での生成物の管理にはうってつけで、デジタル、アナログといった最終成果物へのアウトプットに制約はありますが、それでもメリットの方が大きいと思っています。よく言う「パソコンで作ったものは作品としてどうなのか?」という時代でもないですしね。

筆やカンバスを選ぶのと同じフェーズでPCを必要に応じて使うという事で良いと思ってます。その上で表現手法として映像(実写よりもMotionGraphicsと呼ばれるジャンル)を用いる事が多々あるのです。普段はAdobeのAfteEffectsを多用しています、このソフトウェアにはプラグインの種類が非常に多く、ハイエンドからお手軽なイメージ制作にも幅広く対応でき、Mac/Winのプラットフォームも跨って利用出来るのメリットです。

一方で長い尺の映像編集に頻用されていたAdobe PremireはAppleからFinal Cutが発売されてからあっという間にMac版の開発終了に至りました。

MacOSの場合、ハードウェアのアーキテクチャーがどうしてもAppleのブラックボックスになっている事もあり、サードパーティからのベースに食い込んだ開発が難しいようです。

そんな中、今回AppleからAfterEffectsの競合製品と目されるApple Motionの発表がありました。



まだサイトからの情報では何とも言えませんが、インターフェイス的には使いやすそうです。それと他の競合製品と比べると非常に安価です。僕も発売されれば購入するつもりです。

しかし、一方で競争の結果としてより良い製品が提供される事は大歓迎ですが、淘汰される事を望ましいとは言い切れないと思っています。

PCが表現の為の1ツールだとして、その大きな意味の一つは「いろんなツール郡である」という事も含まれると思うからです。



最終的には作り手次第なんですけどね、「このアプリじゃないと創れない」なんてのは愚の骨頂ですが、作り手にツールの選択権ぐらいは残しておいて欲しい所です。

題名にApple Motionと打ちましたがこれを指して異論を述べるつもりではありませんので、念のため。

THE BRITISH MUSEUM

大英博物館はその収蔵品の数や歴史的価値ある美術品の分類、展示そして研究という大きな実績と功績を持ったミュージアムでありつつ、一方で英国の侵略と略奪の歴史を体言する所でもあります。失われた文明や文化を保存・調査して後世に伝える役割をそれを消し去った国が負っているという矛盾の中に存在する場所だとも思います。

また大英博物館は色々問題は続いているようですが、今はまだ何とか資産家の寄付等でその運営を行い、訪れる人達から入館料を取らないというポリシーを保っているはずです。



写真は数年前に改装が終わったばかりの博物館内の図書館です。円形のこの図書館の壁を全て埋めるように書籍が並べられており、上の方はどうやって取るんだ?と思いつつも、手にとっても読めないですからね。写真を撮っただけです。



大英博物館と言えば、先日知った事実。博物館内のミュージアム・ショップで売られているミイラとかアヌビスとかのキーホルダーやフィギュアってガシャポンで有名な海洋堂が造っているとの事。造形には一切妥協を許さない博物館員達の代絶賛を受けていると言ってました。

そういえば、NASAのスペースシャトルで使われている部品にも日本の町工場でしか作れない精密度があるって話も良く聞きますし。日本の職人技術の高さは日常で感じる事が少ない分だけ知った時は、驚きとちょっとした喜びを感じるものです。




連続性

ドイツの何処かの駅です。撮った記憶も無いほど昔の写真です。



同じ形状が続いている事、固体を見ると単純な造形であってもその連続性にはデザイン性が現れます。連続性という言葉だけを捉えると人間の営みも連続性であり、世界の全ては繋がっていると言えます。輪廻転生の考え方でも曼荼羅は連続性を表す物になります。

デザイン性とか言うとどうも固いんですが、人間の趣向は綺麗に連続した形に美しさを感じ、少しの乱れには違和感を覚え、煩雑さには安心感を得たりしていると思います。工業社会においてその造形物は美しい連続性を保つ事が多いとおもうのですが、一方で他を排除した個性的なものにも惹かれる訳で、その両極端な感性が人間のバランスなんだと思います。






super-ball

夏の日の想いで。



幼少の頃の祭りの想いでは何故か色鮮やかなそれでいて何と言うか、スポットライトを当てられた光の中だけに存在するような、イメージの縁がブラックアウトしてそれ以外が見えない感じ。きっと感傷的な甘い記憶が歪曲しているのでしょう。



最近、あるモチーフの歴史的な事を調べて載せているばかり気がしますが、それはそれで面白いので暫く続くかも知れません。スーパーボール、昭和40年なので1965年頃日本に入ってきた玩具、アメリカ産です。フラフープのメーカーだったWham-O Manufacturing社が開発したもので、98セント/1個で販売していたそうです。言われてみれば確かにアメリカ的玩具の色合いでしたね。唯本国では日本の夜店の定番のようにブームは長くは続かなかったようですね。



このスーパーボールの成型は特許物だそうで、特許によれば、ボールは、華氏約320度の温度で、1つの平方インチ当たり約1000ポンドの圧力の下で成型されたとの事です。